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amzlsh

2006年06月18日

家族のゆくえ−吉本 隆明

家族のゆくえ「家族のゆくえ」という本について。いつだったか、読売新聞の書評で紹介されていて、即日購入。書評の内容は覚えていないが、気になったのですぐに購入した。

2回読み返した。最後に「対幻想論」が転載されてついていたのだが、それはとても難しく、久しぶりに学校時代の国語授業を思い出す感じだった。アンダーラインを引きながら、筆者の主張はどこにある?なんて考えながら書き出したりしないと、とても理解できるような内容ではなかった。それ以外の部分、
吉本隆明さんの家族論といえばよいのだろうか。でも、私の印象に残ったのは、子育てに関する持論だ。

子供を育てるとき、肝になる時期は、2箇所なのだそうだ。

1つは、胎内7〜8ヶ月あたりから満1歳半ぐらいまでの「乳児期」。

2つめは、「少年少女期」から「前思春期」にかけての時期。

ここで、母親なり母親代理が真剣に子供に向き合い育てることが大切だと説いていた。そうすれば、凶悪犯罪がうまれることはないと。

私も、子供にとって母親の存在は大きく、少なくとも義務教育卒業までは家で子供をかまってほしいと思っている。

結婚し子供が生まれても、仕事を続ける女性は多い。
それが悪いとは言えないし、仕事をしたくてしている女性だけではない。

でも、自分の子供を育てられるのは自分以外にいない、というくらいの気概をもって、母親には育てて欲しいと思う。

自分自身の幼い頃をふりかえっても、母親の存在は大きい。

母親に注意されたことは、自分の子育てのなかでも、よく思い出される。それを、自分の子供たちに押し付けてしまうのもよくないのかなぁ?と思ったりもするが、自分の受けた教育だから、仕方がない。

1つ、自分の母親が行ってきた教育に対して思うことがあるとすれば、もう少し誉めてほしかったなぁということ。これがあれば、自分の性格も変わった(引っ込み思案ではなくなった)のではないかと思う。だから、自分の子供たちには、少し「誉める」ことをしたいなぁと思う。

だから、母親なり父親が、自分たちの子供に対して真剣に向き合って育てることについては、激しく同意。

しかし、2つめの時期に、放って置く(自由にする)、教育しない、という
方針はどうかなぁと思った。

吉本さんは、性教育はともかく、物事の善悪についても自由にせよ、という
ことを言われていた。

私は、物事の善悪の判断については、小さい頃から教えておきたいと思う。

自分の教えた善悪判断で、自分の子供が犯罪者となったとしても、そのときは自分たちの責任。そういうような状況になっても、親だけは子供たちの味方であることも教えたい。決して見捨てられることはなのだと。

家族のゆくえ
家族のゆくえ
posted with amazlet on 06.06.18
吉本 隆明
光文社 (2006/02/23)

posted by KazuS at 08:14 | Comment(0) | TrackBack(0) | 読後ノート
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